「東洋医学からみたふれかた」

堀本 隆久


この原稿は1999年12/19日 日曜日 全人的医療を考える会  関西ワークショップの
    秋期ミニワークショップの席上で、堀本が行ったセッションの原稿です。

> 皆さんこんにちは。今日はミニワークショップということで、お話させていただき
ます。
 T.タッチングの効果
 最近、タッチングと言われている肌に触れる療法(タッチセラピー、マッサージ、
指圧、按摩)が見直されています。私も看護婦さんの雑誌でタッチングの特集記事を
読ませてもらいました。
 皆さんの将来働く医療現場でも、患者さんに触れる機会が多いと思います。本来、
身体に触れることは、親密な関係においてのみ許される行為です。ですから職業上身
体に触ることを許された医療者は、意識して触ることが必要になってくると思いま
す。患者さんに直接触ることすべてがタッチングだと思います。さて、医療現場で患
者さんに触れること則ちタッチングにはどのような種類があるでしょうか?
 まず1番目は施行的タッチング。
これは日々の医療現場で行われている患者さんとの接触です。たとえば、体温チェッ
クや血圧の測定、消毒や注射などの医療業務です。
 2番目は共感的タッチングです。
患者さんの苦痛や不安を軽減するために行います。ちょっと相手の身体をさすると
か、不安な患者さんの手を握るとかです。思いやりを持って患者さんの苦しみを解っ
てあげる気持ちに直結しています。
 3番目は治療的タッチングです。
このタッチングは治療目的のために、患者さんの身体にさわったり揉むなどの刺激を
加えたりしていきます。また鍼灸医学などの伝統医学では、体表の診察を目的にして
患者さんの身体に触れていきます。具体的には、脈を診たり、お腹や背中を触った
り、手足のつぼを調べたり筋肉の緊張・弛緩状態を診たりしています。

 U.東洋医学的視点と西洋医学的視点の違い
 身体人間の体を見るという点では、基本的な差はあまりありません。ただ、西洋医
学の見方は目に見えるもの、科学的に実証できるものを見ていきます。たとえば血液
検査であるとか脈拍数や血圧、腹部エコーなどがその例です。そのへんのところはお
集まりの皆さんは良くわかっていると思います。
 一方、東洋医学特に鍼灸では、からだの内部の異常を、外から判断・理解するよう
に診ていきます。その例としましては、現代医学では余り重要視されていない顔色や
体表の状態などの体表所見をみて診断します。
 体表の所見は特に東洋医学では重視されており、特徴的なものの一つに「つぼ」と
いうものがあります。

V.つぼとは何か?
 まず、つぼとは東洋医学的な刺激を与えるポイントです。つぼに鍼を打つか、お灸
をすえるか、もむなどの各種治療法がありますが、つぼに刺激を与えるという基本は
同じです。鍼灸医学では、つぼの状態は診断点であり、また治療点であります。例え
ば、目の疲れやすい人は、眼の外まなじりのくぼみを押してみてください。きっと気
持ちがよいと思います。その部位は太陽というツボであり、眼精疲労の治療によく使
います。
 解剖的につぼを見てみると、つぼとよばれる部位には、末梢神経終末や毛細血管が
数多く存在しています。疲労や病気などの要因が重なるとその部位の血流が悪くな
り、押さえて痛みが生じます。この部位に先程述べた適切な刺激を与えると軸索反射
が起こり局所の収縮していた血管が開き血流が増加していきます。また同時に神経終
末も刺激に反応し、自律神経を介して大脳の視床下部まで信号を伝えます。そのとき
に自律神経や内分泌の中枢で痛覚が抑制されてフィードバック効果として痛みの閾値
が低下していきます。この刺激を受け取る神経終末はポリモーダル受容器ではないか
という仮説が出ていて、現在も研究がなされています。

 W.さわるまでのステップ
東洋医学では、患者さんの体を総合的に捉えます。とくに、望聞問切と呼ばれてい
ます。これを簡単にいうと、患者さんを外から内面へと段々と理解していくことで
す。例えば、道端で知っている人にばったり会ったとしましょう。こんにちはと挨拶
をしてみる。この時、この人は今日元気そうだなと相手の顔色や体の動きをさりげな
く観察してみます。(このような目で観察するもの(感覚的に感じるものも含む)望
診といいます)
その次は、相手の声を聞いて体調はどうだろうかと観察してみます。これは、声
に力があるとか、声が高い、低いとか体調によって声が変化することがあることは皆
さんも気づいたことがあると思います。このように耳で観察するものを(聞診)とい
います。さらに相手と言葉のやりとりをしてみて、相手に対してさらに詳しく理解を
深めていきます。この言葉での情報収集は問診と呼ばれ、現代医学・東洋医学に係わ
らず診察の中で特に重要視されています。また言葉のやりとりも相互理解という点で
大切だと思います。
 そして最後に、相手の体に直接触ってみます。この相手の身体にふれてみるという
ことですから、より多くの情報が得られます。これを(切診)といいます。
 例えば相手の精神的に緊張しているか、・不安になっているか知る場合では、緊張
している人は、交感神経が高ぶり身体全体の筋肉が硬くなったり、あるいは汗をかい
たりしているので触っただけですぐに解ります。また身体が元気であるかないかなど
は筋肉の張りや弾力性でわかり、身体の体温の変化は手足の温もりなどで理解するこ
とができます。例えば人間関係においても相手の人との会話などをして、その人と親
しくなってから、「お互いに仲良くなりましょう」などという意味をこめて握手した
りします。これと同様に患者さんにふれることは信頼関係がある程度できてから、患
者さんの身体に触れることができるわけです。医療においても当然同様で肌と肌のふ
れあいはとても大切で、手当てという言葉があるように、触れることが単に接触する
といったことではなく、触れる行為が人間関係の信頼や精神面での共感などをつくる
ことができ、癒しとしての行為となるのです。
 ただし、この肌に触れるという行為に至るまでに、前に話したように十分な相互理
解や信頼関係が必要です。なぜならば、良く解らない相手に触られるのは誰でも気持
ち悪いでしょう。それと同じく人によっては触られたくないという人もいますので、
患者さんのことをよくわかったうえで行いましょう。このようなひとには最初から触
らずに、たとえば挨拶などの声を交わし、患者さんの状態をみてからお話をしても、
十分なコミュニケーション交流ができます。


X.優しいタッチングで何がわかるのか?
  つぼのさわりかた
それでは実際にさわってみましょう。まず、患者さん全体を見る。偏りなどの異常
はないか。次に今から触ろうとする体の部位をざっと眺めてみる。肌の色つやはどう
か、左右差はないかどうか?などです。この段階で自分自身の直感や感覚を働かす
色々な専門的な調べ方がありますが、ここでは煩雑さをさけるために省略します。
 あと、相手の身体に触れる前に、自分の手に触ってください。温かい手ですか?冷
たい手だと、相手の人に余分な緊張や違和感を与えてしまいます。温かい手は触った
感じで安心感を与えますので、とくに冬場は手を温めてから触ってください。
さあ、いよいよ肌に触れてみましょう。ポイントは、丁寧に柔らかく体表に触って
みることです。いきなりギュッと押すのではなく初めは撫でるようにサラッと触って
みてください。とくに細かな体表の変化などに最大限の注意を払ってください。身体
の感受性を最大限に高めて、自分の身体全体で感じ取ってください。身体に触れてわ
かる感覚、これは微妙な感覚ですが練習を重ねていくと段々上手になってきます。細
かな変化に気づくことは特に大切で現代医学でも重要視されているようです。実際の
触り方については、先程述べたように柔らかく優しく少しずつ行ってください。病気
で体が弱っている人やお年寄り、小さな子供は、過敏な体質なので弱い刺激のほうが
効果的です。ちょっと弱いかなと思うぐらいの刺激が適切だと思います。マッサージ
でもあまり強くコリを揉みすぎますと、局所の組織や血管が破壊されてかえってコリ
がひどくなってきます。すると僕の主観ですが、触った感じが、弾力が失われてまる
でぼろ雑巾のような感触になります。 ですから、繰り返し述べているように触り方
で大切なことはやさしく触ることです。触るというよりもふれるという表現のほうが
適切かもしれません。
 そのような優しい触り方で、東洋医学では何を診ているかというと、
体表の状態から単に体表面の異常(皮膚の異常)を知るだけではなく、身体内部の状
態や心の状態などをできるだけ体表面から把握しょうとしているのです。
 体表面には皮膚や筋が緊張したり、硬くなったり、逆にやわらかくなったり、指で
軽く押さえると痛みが生じたり、様々な体表の反応があります。それらの体表の反応
が出現しやすいところがツボと一致するが多いようです。
つまり、体表の反応を知るポイントの代表的な例が「ツボの反応」となる訳です。現
にツボは指圧やマッサージ、鍼灸の治療としての部位だけではなく、診察部位として
活用されています。

Y.まとめ 共感とは?
 タッチングとか鍼灸とかこれまでに細かくお話してきましたが、すべて手段の一つ
であります。世界にはたくさんの療法があり、それらのひとつにすぎません。直接、
肌に触れる療法(タッチセラピー、マッサージ、指圧、按摩)は、人の感覚を介して
行うので治療者・患者間の相互理解がし易く、患者さんにとても人気があります。ま
た伝統医学と呼ばれている医学の中にも、気功・鍼灸(中国系伝統医学)・アユール
ベーダ(インド伝統医学)でもタッチングが取り入れられています。それだけ、タッ
チングは普遍的なものであり、人間の肌の温もりが医療行為の中に入っていました。
 ただ最近の医学の流れでは、細菌感染予防の立場から、あまりお医者さんは患者さ
んの身体を触らなくなっています。それはある意味仕方のないことかも
しれません。
 哲学的考察。肌は自分と他人を分ける境界線としての役目を果たしています。
その肌に直接ふれるというのは実に深い意味を持っています。それはとても直接的な
行為であり、本来は親子や家族、愛する者同士などの親密な関係に限られて行われる
ものであり、このことが触れることが大きな意味をもつことが判っていただいたと思
います。
 タッチングによって得られた関係を悪用することもできるようです。例を挙げる
と、今世間を騒がせている新興宗教という簑をかぶったカルト的な集団などです。
 最後に代えまして、この発表原稿を作成にあたりご指導ご協力くださいました和辻
先生や、発表の機会を与えてくださいました関西ワークショップのスタッフの皆様、
お集まりくださった皆様に感謝いたします。
 御静聴ありがとうございました。


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